いつも来てくれはって毎度おおきに、うれしおす

祇園祭もいよいよクライマックス。後祭の山鉾巡行が行われた24日、午後になると三条通りから「パカッポコッ」という蹄の音が近づいてきた。久世の綾戸國中神社から、宮司様と駒形稚児さんが来はったのである。ご一行は武信稲荷神社で、晩まで一服しはる。
乗ってきたお馬さんも、境内で休憩。今日は暑いし、しんどかったやろ。

バケツが1個しかなかったんで、先に白馬のほうに飲ませてはると、茶色い馬が横からグイグイ口を入れようとする。そら、長いこと歩いて喉が渇いたんやなぁ。「コラ、待て!すぐに持ってきてやるから」となだめても、グイグイ。まるで、さっさと自分のご飯を食べ終えてクーのお茶碗を狙う、ムサのようである。ほほえましい。

茶色いお馬さんにも当たりました♪ こっちのお馬さんは宮司さんを乗せて来たんやし、体重負担から言うても白馬よりしんどいはず。よしよし、たぁんとお飲みや。

そのころ、駒形稚児さんは本殿で祝詞を上げてもろてはった。ここからは見えへんけど、ご神体である、素戔嗚尊の荒御霊(あらみたま・荒々しく勇敢な魂)を宿した馬頭形の木の板を首から下げてはるの。小さいけど、りりしいボン。

そして日がとっぷりと暮れた7時半頃。八坂神社を目指してご出立。フラッシュたけへんし、暗うてスンマソ。

蹄の音は、来はったときより静かである。ここから大宮通までいってお神輿さんと出会い、八坂神社を目指さはる。そして八坂神社におられる素戔嗚尊の和御霊(にぎみたま・おだやかでやさしい魂)と合体し、剛柔両方の力で疫病を鎮めるのだ。祇園祭は、この儀式があって初めて本来の「疫病除け」の意味をなす。

さて、同じころ。寺町四条の御旅所を出発した中御座のお神輿が三条通りを西から東へゆく。一方通行の逆走であるが、人が担いでるのやしかまへんの。何人もの輿丁さんが交代しながら、重たいお神輿を担いで来はった。で、三若会所へ至る道で停止。

シャンシャン、ほいっとほいっと。勢いようお神輿を差し上げてから、通り過ぎはる。

今年は、春に前会長が急逝された。会長を悼むように大きな写真が掲げられ、その前でのお神輿差し上げとなったんで、いっそう力強かったんやろう。ものすごええお顔の前会長。奥様とおぼしき女性が、「お任せしましたよ」という表情で見守っておられた。

商店街の東寄りでは太鼓の奉納演奏があり、三基のお神輿が逗留される又旅社の前はすごい人。
まだ、東御座と西御座のお神輿が到着するまで、30分以上あるやろうに。
私は例によって犬散歩のついでやし、人混みには紛れられず。

公園では、三若の輿丁さんたちがお弁当を広げて休憩してはる。もちろん、あの「みこし弁当」である。
ビールやおつまみを差し入れる家族もいはって、公園と周辺道路はちょっとした宴会場になってる。私のコンデジに気づき、Vサインをしてくれはるお茶目なお兄さんもいはった。おおきに。 しかし、あまり近づくといやしいムサがお弁当にヨダレを垂らすので、離れたとこからすんません。

西御座のお神輿がいったん休憩しはる二条陣屋は、まだひっそり。半時間ほどで賑やかになり、怒濤のように通り過ぎていかはる。還幸祭が終わるのは深夜になる。皆さん、お疲れ様です。
翌日には、お神輿の上に取り付けられた稲穂やちまきなどの授与品が配布され、31日の疫神社夏越祓いで、長かった1ヵ月に幕が下りる。また、来年。


横浜は35度にはなりませんでしたが、朝から蒸し暑くて大変でした。
京都はもっと熱いのでしょうね。
ワンちゃんたちの散歩も道路は肉球が焼けてしまうから注意しないといけないようで。
お友達のところのワンコは暑すぎて痙攣おこしてしまったんですよ(><)
とにかく飼い主ともども熱中症に気を付けないといけませんね。