日帰り出張やらCMグランプリの発表会を見に行ったり、おまけにLDのサーバー障害なんぞもあって、ちっとばかし抜けてしもた。すんまそ。
ブログペットに乙女な意味不明コメントを差しこまれてしもたけど、私が敬愛する先生とは「天野忠」さんである。
ガンマさん、ピンポ〜ン
もう亡くなられてずいぶんになるけど、清貧を絵に描いたような詩人やった。
“清貧”がベストセラーになり、たぶん多額の印税が入って潤わはった
某作家さんとは違うて、最後まで質素な暮らしを貫かはった詩人やった。
もともと詩人ていう職業は、ウハウハ儲かる
もんと違うやろう。たまに来る新聞などのエッセイとか評論以外は、詩をレギュラーで寄稿する雑誌なんてあんまりないし。軽ーい恋愛物とかは別として、詩集がバカ売れするちゅうこともまずあらへん。そやから副業を持つ人も多いそうやけど、天野さんは80歳を超える歳まで詩一本でずっとやってきはった。
贅沢を望まず、好きなことだけに精進する、誠に潔い生き方。
ちゅうことで、一度だけ伺うたことのある天野さんの家は、ごくごく簡素なたたずまいやった。
ご隠居さんが住まはるような、間口の狭い仕舞屋の引き戸を開けると、2畳ほどの玄関間がある。そこに文机が置いてあり、どうやらここが詩作の場
であるらしい。
この奥には台所兼居間があり、小さいながら手入れされた庭がある。たぶん2階には二間ほどあるにゃろけど、ものすごあっさりしている。
ちょうど夏
のこと。
私は、先生の詩集にサインをしていただくために伺うた。
玄関間で話をしていると、奥様がカルピス
を出してくれはった。
けっこう濃いめの。
お客さんやし、はりこんでくれはったんかなぁ。
奥様は、ダンナさんがそういう人やし、ずいぶんやりくりしはったやろう。けど、苦労を全然見せはらへん。昔はさぞキレイかったやろうと思われる、上品な白髪のおばあ様である。
さて、京都の労働者会館では、一時期、詩の教室が開かれていた。いろんなサークルがある中で、生徒がとりわけ少ない。生徒の顔ぶれも退職老人や変わり者の主婦、頭がイッてはる工員さんとか一風変わった人ばっかし(私のその一人
)。かなりディープやったせいか、数期で終了してしもたけど。
私はここに、2期通うていた。
先生は、天野忠さんと、依田義賢さん、河野仁昭さん、大野新さん、青木はるみさんなどである。今思えば、すごくゴージャス
な顔ぶれやったな。
私が若いころ書いてたんは「生活詩」。
日常のあれこれを、凝縮した言葉にする。
その憧れのカタチとして天野忠さんの詩が好きで、天野さんが講師と聞いて詩の教室へ通うことにした。
が、蓋を開けてみると、大野先生はけっこうほめてくださった
が、天野先生にはいつも酷評されていた。
そんな中で、ほんのわずかな作品を評価していただいた。
うちの一つなんである。
自分でも「エエ感じに書けた」と思てただけに、喜びひとしお。
そやから、晩秋の夕焼けを見ると、いまだにジクジクと思い出すんである。
毎度おおきに
、ポチもおおきに。
ひえええええ〜急降下で落ちまくりっ
お代官さまぁ、お慈悲ですから応援のクリックをお願いしますだー。
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ガンマさん、ピンポ〜ン

もう亡くなられてずいぶんになるけど、清貧を絵に描いたような詩人やった。
“清貧”がベストセラーになり、たぶん多額の印税が入って潤わはった
某作家さんとは違うて、最後まで質素な暮らしを貫かはった詩人やった。もともと詩人ていう職業は、ウハウハ儲かる
もんと違うやろう。たまに来る新聞などのエッセイとか評論以外は、詩をレギュラーで寄稿する雑誌なんてあんまりないし。軽ーい恋愛物とかは別として、詩集がバカ売れするちゅうこともまずあらへん。そやから副業を持つ人も多いそうやけど、天野さんは80歳を超える歳まで詩一本でずっとやってきはった。贅沢を望まず、好きなことだけに精進する、誠に潔い生き方。

ちゅうことで、一度だけ伺うたことのある天野さんの家は、ごくごく簡素なたたずまいやった。
ご隠居さんが住まはるような、間口の狭い仕舞屋の引き戸を開けると、2畳ほどの玄関間がある。そこに文机が置いてあり、どうやらここが詩作の場
であるらしい。この奥には台所兼居間があり、小さいながら手入れされた庭がある。たぶん2階には二間ほどあるにゃろけど、ものすごあっさりしている。
ちょうど夏
のこと。私は、先生の詩集にサインをしていただくために伺うた。
玄関間で話をしていると、奥様がカルピス
を出してくれはった。けっこう濃いめの。
お客さんやし、はりこんでくれはったんかなぁ。
奥様は、ダンナさんがそういう人やし、ずいぶんやりくりしはったやろう。けど、苦労を全然見せはらへん。昔はさぞキレイかったやろうと思われる、上品な白髪のおばあ様である。
さて、京都の労働者会館では、一時期、詩の教室が開かれていた。いろんなサークルがある中で、生徒がとりわけ少ない。生徒の顔ぶれも退職老人や変わり者の主婦、頭がイッてはる工員さんとか一風変わった人ばっかし(私のその一人
)。かなりディープやったせいか、数期で終了してしもたけど。私はここに、2期通うていた。
先生は、天野忠さんと、依田義賢さん、河野仁昭さん、大野新さん、青木はるみさんなどである。今思えば、すごくゴージャス
な顔ぶれやったな。私が若いころ書いてたんは「生活詩」。
日常のあれこれを、凝縮した言葉にする。
その憧れのカタチとして天野忠さんの詩が好きで、天野さんが講師と聞いて詩の教室へ通うことにした。
が、蓋を開けてみると、大野先生はけっこうほめてくださった
が、天野先生にはいつも酷評されていた。そんな中で、ほんのわずかな作品を評価していただいた。

うちの一つなんである。
自分でも「エエ感じに書けた」と思てただけに、喜びひとしお。

そやから、晩秋の夕焼けを見ると、いまだにジクジクと思い出すんである。
、ポチもおおきに。ひえええええ〜急降下で落ちまくりっ
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独りで。
に言われたこともあった。もちろん、ほめて貰うてうれしい思い
に乗ってたら、目に入ったブランコ(ブランコが目に入ったら痛いやろうなぁ。入るかい、そんなもん)。
と、今さら言うてもしょうがない。


